コラム「障がい」と「仕事」

人を前向きな気持ちへ変化させること

2023.10.30

みなさん こんにちは。

「障がい者雇用を進めるもの」について、このコラムで書き綴っています。

これまで見てきたのは、社会的に障がい者雇用が17年間で2.3倍近くに増加していること、その増加の仕方について、最も伸び率が大きいのが精神障がい(発達障がいを含む)方々でした。

企業においては、身体障がいの方、知的障がいの方には「合理的な配慮をしやすい」のですが、精神障がいの方(発達障がいを含む)は一見その特徴が見えにくい場合が多く、そのふるまい方に「あれ?」と思うことが重なる、といったケースが多いように思えます。

また、当事者と支援者が就労を考えるにあたり、就労準備性「技能面の積み上げ」と、就労意欲「前向きになる気持ち」の両方の要素が欠かせないのですが、どのように「前向きな気持ち」を作ることができるのでしょうか。

前回は「みんなの大学校」での授業内容が対話型へ変化したこと、「前向きな気持ち」を持たれた二人の方をご紹介しました。

参照元:一般社団法人みんなの大学校

当事者視点:健常者との経験・環境のズレ

支援が必要な方には「引きこもり」や苦しい過去がありました。

今はそれぞれの状態から「次」へと歩みを始められているわけですが、何がそのような前向きな姿勢を生む足場となっているかについて、ひとつの共通点があると私は感じています。
それは「しっかりと自分自身の苦しさ、悩みを聞いてもらえる場があった」という経験をお二人が持っていることです。

震災で家族を突然失った方たちが、ある程度似た体験を他のだれかと共有されていることが出来ると一人で孤立して苦しむのではなく、人とのつながりを感じて支えられるわけです。

ところが精神障がいや発達障がいの場合、健常者とか定型発達者と言われる人はそういう体験を持っていません。
たとえば発達障がいの中で「感覚過敏」と言われる特性が問題になることがあり、音過敏であれば、平均的な人には普通に聞こえる音がとてもつらかったり、光過敏であれば「普通の」強さの光が耐え難い感じになることがあります。

ある方はLED電球の光は「目を槍で突き刺すよう」と言われていました。

精神病で言うと、物理的は存在しないものを「見る」ということは、夢のことを考えれば誰でも経験している普通のことです。

しかし、昼間目を覚ましている時にほかの人には全く見えないたくさんのはい回る「虫」を「リアルに見る」といった、幻覚と言われる体験については、そういわれてもピンとこない人が多いでしょう。

つまり、そういう精神面・心理面で異なる特性を持つ方は、どれほどそれによってその人がリアルに苦しんでいたとしても、周囲の人たちがそのつらさをまともに理解してくれないことが多い。

というか、むしろ理解されないことが普通であるわけです。

だからよくても「気にしすぎだよ」と慰められるか、悪ければ全く無視されたり「変な人」と避けられたりもします。

苦しみ、否定が生み出す孤立

けれどもここは単純なことですが、障がいの有無にかかわらず、だれでも自分の苦しみを理解されなかったり、否定されたりするのはとてもつらいことです。

人に語っても誰にも理解されない苦しみを一人抱え続け、理解してくれない他者に怒りを持ったり、理解されない自分に絶望的になっていき、ますます孤立していくことになります。

そんな形で人との間でも自分の心の中でも厳しい葛藤が絶えることなくずっと続くとき、早かれ遅かれ人は疲れ果て、絶望的な気持ちになったり、生きる力が失われていきます。

授業の中で、ある障がい当事者の方がこんなことを言われていました。

就労移行支援に通われている人に「もっと頑張ろう」と励ますことについて、その人はそうやって通うこと自体が精いっぱいの頑張りであることがある。
だからそれ以上に頑張れがんばれと言われても、もうその力は残っていなかったりするのだ。

という話です。

それを聞いて私もハッとさせられました。

理解してもらえるということ

また、「幸せってどう時に感じる?」について話し合ったとき、ある精神障がいの方は「空を見上げられた時」と答えられました。


私はすぐには意味が分からなかったのでお尋ねしたのですが、いつもうつ向きがちに過ごされていて、自分の状態が良い時にようやく「空を見上げることができる」のだそうです。
授業ではいつもニコニコしながら話を聞いてくださる方なのですが、そんなふうになんとか「健康である自分」を感じられた時、そこに幸福感が生まれるということでした。

人には理解してもらいにくい悩みをひとり抱えながら、疲れ果てた体と心を引きずって絶望的な状況をなんとか生きている。

そうやってただ生きるだけでも大変な状態にある。

そういう方にとって、「自分のつらさ、苦しさをそのまま聞いてくれ、多少であっても理解してくれる」という関係が、新しい希望につながっていくことは決して不思議なことではありません。

まとめ 対話は人を前向きな気持ちへ変化させる

障がいの有無にかかわらず、だれでも自分の苦しみを理解されなかったり、否定されたりするのはとてもつらいことです。

著名な発達心理学者で自閉症理解などでも画期的な議論を展開されてきた浜田寿美男さんは、「共苦」の世界ということを言われます。
楽しみを共にできる関係はもちろんある種の理想です。

けれどもいろいろな宗教もそこを重視しているように、生きるということから「苦しみ」を除くことはできることではありません。

その苦しみは人と共有されたとき、支え合いがそこから生まれ、苦しみの中からも希望が芽生えてくる。

だから「共苦」の世界が大事になるということになります。

そしてそこをしっかりと足場にしたとき、はじめて「共楽」の世界はほんとうに力のあるものになるでしょう。

人が前向きになるとき、それは口先だけで「明るい未来」を語ることではなく、まずはつらさ苦しさが共有される関係が成立することなのだと、そんなことを思います。

障がい者雇用を進める企業においては、身体障がいの方、知的障がいの方によりも、精神障がい者の方々(発達障がいを含む)への関わり方や、コミュニケーションのむつかしさが課題であるという現状がありました。

私の経験の中では、対話を深めていくことで人と人として関係性を築くこと。

お互いの考えていることや認識のズレをなくし、理解しあえることが「前向きな気持ち」の土台になっていると考えています。

就労支援の現場においては、障害がある方の就労準備性「技能的なもの」と就労意欲「前向きな気持ち」両方のバランスで精神障がい(発達障害)を含む方々の雇用が進めやすくなりそうです。

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筆者プロフィール

発達支援研究所所長 山本 登志哉

障がい者は「不完全な人」ではなく、「少数派の特性を持つ人」。

共生は多数派に合わせることではなく、特性を活かして一緒に生きること。
そこに生まれる困難を調整するのが支援。当事者と共にそんな模索を続けます。

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📢次回は11/6(月)「職場の人間関係で困ったこととその影響掲載予定です

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